PTAについて思うこと【私のPTA履歴書】

新年度が始まると、風物詩のようにSNSなどで話題となるPTA。私はこれまで、幼稚園の役員・小1と小6で学級委員・小4~5で小学校のPTA執行部役員・小6で地域の子ども会の保護者会長など、けっこうPTA活動に関わってきました。
かなり個人的な意見になりますが、私の経験してきたPTAについて、そして経験したからこそ思うことについてまとめてみました。

そもそもPTAとは?

 PTAとは、Parent(親)Teacher (先生)Association(協会)の言葉通り、保護者と教職員による団体。『全ての児童生徒のための無償ボランティア活動』というのが本来のあり方で、保護者だけのイメージが強いですが、先生たちもPTAの会員として会費も払ってるし会議にも出席しています。

歴史的には、戦後GHQが日本の教育に取り入れるよう促し、当時は敗戦国として占領下にあったので、それを受け入れるしかなかったようです。


PTAは義務ではなく任意

「一人一役」、子どもが小学校に入学するときに学校から言われた言葉です。保護者は何かしらの委員会(美化・広報・体育・研修など)に入ってPTA活動に参加することが義務付けられていました。
しかし、PTAは義務ではなく任意です。当然、参加を拒否することも可能ですが、その場合相当の覚悟と勇気と信念が求められます。今や共働きが当たり前になり、専業主婦が珍しい時代です。仕事が忙しいのはみんな一緒。それでもどうにか仕事をやりくりして多くの人たちはPTA活動に参加しているんですから、拒否する場合は校長やPTA会長に直接「なぜ加入しないのか、その学校のPTA活動に納得できない・参加できない理由」を説明することが必要です。でないと、加入することが自動的に決まり会費も自動的に徴収されます。
PTA加入を拒否したからといって、自分の子どもが不利益になることは基本的にはないようですが、実際に卒業式でのコサージュをもらえなったことや、会費の返還について裁判になった事例もあります。


憂鬱な役員決め

PTAには様々な形の役員があります。その一つが「学級委員」。これはクラスの保護者の中から2~3人選ばれ、一年間クラスに関わることをお世話する役です。
例えば、親子レクレーションの企画、卒業学年だと卒業式で子どもが身に着けるコサージュ作りや謝恩会の企画などです。

学級委員の思い出としては、小学校の入学式。式の後、教室で一通り道具などの説明が終わったら、その瞬間がやってきます。「学級委員決め」です。
先生、「どなたか学級委員をしてくださる保護者の方はいませんか?シーン・・・。皆さん、視線を落とし、沈黙が続きます。誰か手上げてくんないかな・・・と期待している、このなんとも言えない無音の時間。

それに耐えられず、私手を上げました。実は、自分の両親が共働きで小さい頃は家にあまりいなかったことが寂しくて、その反動から自分の子どもが下校する時間には家にいると決めていたので、フルタイムではない仕事(しかも週に3日)をしてたことも大きなポイントだった思います。


学級委員やってみた

そうやって強引に自分に課してしまった学級委員ですが、他の役員の方たちや先生方とも仲良くなれて、さらに自分の都合のいい時期に親子レクレーションを企画できたり、仕事の割り振りが権限としてあるので苦手なことは誰かにやってもらったり(笑)、そこまで大変ではなかったです。

親子レクレーションも大きなトラブルもなく無事に終わり、達成感もありました。結果的に、やってよかったなと思える学級委員でしたね。

学級委員には様々なローカルルールがあるようで、私の場合は一度やったら卒業までは免除されることになっていました。しかし、子どもが3年生の途中で隣の校区に転校することになり(予定外)、6年間の学級委員免除は転校先ではゼロになるというオチが待っていました(笑)

そして時は進み、6年生最初の学級懇談会。先生、「どなたか学級委員をしてくださる保護者の方はいませんか?」来た!また沈黙が続くのか・・・と思いきや「はい、私やります」と手を上げる一人のママ。「もうこれで最後だから、いままでお世話になった分、やってみようかと・・・」、そのママさんは3人お子さんがいて、末っ子が6年生だそう。

すると「あ、じゃあ私も最後だからやります」というお母さんが次々に手を上げるじゃありませんか!!
実は6年生は最終学年ということもあり、学年レクレーションは泊りがけ、卒業式のコサージュの準備や謝恩会の企画など、他の学年に比べてやることが多いんです。なので、学級委員も人数が増やされるんですが、多い方がいいじゃない?と、定員以上のお母さんたちが学級委員になってくれました。もちろん私も参加しましたとも!!

6年生ともなると、保護者同士も付き合いが長くなり、気の合う人達とは信頼が生まれています。この年の学級委員は人数も多く、まるで何かのサークルみたいで本当に楽しかったです。

 

 


PTA執行部役員になってみた

子どもが4年生になる春、あるパパ友から電話が。「PTAの執行部役員やってくれない?」新年度のPTA会長は、なんと家族ぐるみの付き合いのあるパパ友だったのです。このパパ友は子どもの幼稚園の時からのお付き合いで、幼稚園でも会長をしていた方です。当時は私も役員をしており、周りからの信頼も厚く頼れる会長で、その人が会長だったから卒園後も役員家族で定期的にBBQなどで集まっていたくらいです。その人からの頼みとあってはすぐには断れず、かといって転校して間もないので私にできるのか不安ですぐには返事できませんでしたが、夫にも相談し他でもないパパ友の頼みならと思い切って引き受けることに!当時もフルタイムではなかったので、それも大きな理由の一つです。

この小学校では、PTA会長が執行役員(副会長・書記・会計など)を選定できるというシステムで、もちろん立候補もありですが、自分からなろうという人はおらず、会長が選んだ執行役員で一年間PTAを運営していました。なので、会長と想いや理想が一緒の人たちなので、必然的に雰囲気は良いメンバーになります。

しかし、執行部の仕事はこれまでと比べ物にならないくらい、会議の数や拘束時間が増えました。学校行事にはPTAの協力が必要不可欠で、運動会・夏休みのプール当番・学習発表会・地域交流会の企画・バザー・給食費の未納問題など、内容は多岐にわたります。最低でも月に1回、多いときは月3回ぐらい校長室に集まって執行役員で会議していました。メンバーは校長・教頭・PTA会長と執行役員6人の合計9名。当然、絆は深まり、学校の先生たちとも仲良くなれ、学校が抱えている問題や教育方針、学校行事の意義などもよく理解できて、個人的にはやってよかったと思っています。子どもとの共通の話題も増えたし、私が学校行事に多く参加していることを子どもも喜んでいるようでした。


 

地域の子ども会の保護者会長もやってみた

私のPTA役員歴の中で一番大変だったのが、「子ども会の保護者会長」です。小学校1年~6年までの子どもたちとその保護者で組織するもので、年度初めや終わりの総会、登校班やラジオ体操、季節の行事(夏の地蔵祭り、冬のどんどや)、年度末の歓送迎会、地域の清掃活動参加など、住んでいる地域によって差がありますが、なかなか大変でした。

我が家は一人っ子なので、最終学年には何かしらの大きな役は覚悟していました。当時は、6年生が5世帯で、内2世帯はお兄ちゃん・お姉ちゃんの時に役員経験済で、残りの3世帯で会長を決めなければいけませんでした。しかし、残りの2世帯はいわゆる「ばっくれ親」(私の造語)で、総会や役員決めにも欠席の連絡すらない家庭でした。会議に参加しなかったから会長任せますという強硬手段もありでしたが、そんな人に任せても結局後で大変なことになるのは目に見えてます。もやもやしつつも、他のママ友・パパ友も協力を約束してくれたので、とりあえず会長の仕事がスタートしました。


ばっくれ親との戦い

会長時代に何が一番大変だったかというと、「ばっくれ親」との戦いです。ばっくれ親にもいろいろタイプがありまして、完全無視タイプ、無断欠席のくせに決まったことに文句言うタイプ、会費払わないのに行事に子どもを参加させるタイプなど、いろいろありました。

対策としては、会議や行事の日程は遅くても一か月半前にはお知らせし、個々の会議での欠席の場合のデメリット(役員決めは出席者優先など)を伝えておくこと、ぐらいしかできませんでした。

ばっくれ親がいると、毎回ちゃんと会議や行事に参加してくれる保護者たちの不満が出てきます。その不満解消も会長の役目で、これが私の最期の大仕事となりました。

3学期になり、年度終わりの総会を前にある提案をしました。会議や行事欠席の場合の夫銭(ぶせん制度です。耳慣れない言葉ですが、会議や行事に参加できないときには代わりにお金を払いますという制度です。ちょっと乱暴な方法ですが、こうでもしないと真面目に参加している親とそうでないばっくれ親の不平等を解決できないと思ったからです。幸い我が家は一人っ子なので、夫銭制度が可決され恨まれたとしてももう卒業していないし、私の不満もたまっていたので最後に爆弾を落とす覚悟で提案しました。

総会日程のお知らせLINEの中で、議案の一つとして夫銭制度を提案すると送信したら、あるばっくれ親からメッセージが・・・。「それは学校で認められているんですか?他の地域の子ども会は、どこもそんなことしていない。仕事で忙しい家庭もあるので、あんまりだ。」という内容でした。

ちなみに、地区の子ども会については学校は完全に管轄外で、実際に他の地区では夫銭制度が存在することはリサーチ済みでした。私としても独裁的にこの制度を進めるわけではなく、いろいろ考え検証し、他の保護者にも相談しながら提案したことです。

その方への返事としては、「どの親も仕事を抱えて忙しいのは一緒である。参加する人、参加しない人の差が激しすぎて、不満もたまっている。このままでは、子ども会存続も危うい。そのために話し合うので、そこで意見を出してほしい。」ことをなるべく丁寧に言葉を選んで返信しました。

結末はというと、この当時すでに新型コロナの影響で全国で休校中で、そのため総会は開けず、提案したものの議論や採決には至りませんでした。


まとめ

ここまで私の経験をつらつらと書いてきましたが、結論「PTAやってみるとけっこう楽しい。参加するしないは自由だし拒否権もあるが、逃げや無視はあかん。」ということです。

子どもが親になる頃には、PTAがなくなっているかもしれません。それくらい、時代遅れなPTAがあるもの事実です。しかし、「私がしなくても誰かしてくれるからいいや・・・」、これ親として子どもに堂々と言えますか?

あと、子育てに優しい社会になってほしい。例えば、PTA休暇を取り入れるとかPTA手当を出すとか、それくらい大きな流れが生まれないと、きっと何年たってもPTA問題は解決しないことなのかもしれません。

 

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