ADS-Bフィードの歴史をまとめてみた|アラスカの安全対策から世界の空の標準技術になるまで

自宅でADS-Bを受信していると、「この仕組みっていつからあるんだろう」と気になってきませんか。

実はADS-Bは、1990年代のアラスカでの事故対策から始まり、約30年かけて世界中の空の標準技術になった歴史を持っています。この記事を読めば、ADS-Bがどう生まれ、どう広がっていったのかが一通りわかります。

ADS-Bとは何だったのか、まず簡単に振り返る

ADS-Bとは、航空機が自分の位置・高度・速度などを自動で周囲に送信する仕組みのことです。

正式名称は「Automatic Dependent Surveillance-Broadcast」です。地上のレーダーに頼らず、航空機自身がGPSなどの情報を元に位置を発信する点が、従来のレーダー監視との大きな違いです。

この「自動(Automatic)」「依存(Dependent)」「監視(Surveillance)」「放送(Broadcast)」という4つの言葉が、ADS-Bの仕組みをそのまま表しています。航空機がGPSなどの位置情報源に依存し、その情報を自動的に、誰でも受信できる形で放送する。これがADS-Bの本質です。

きっかけはアラスカの深刻な航空事故率だった

ADS-Bが実用化に向けて動き出したきっかけは、1990年代アラスカの異常な航空事故の多さでした。

アラスカ州は地形が険しく、レーダー網が整備しにくい地域です。当時のアラスカでは、ほぼ2日に1回航空機事故が発生し、9日に1人が命を落とすという深刻な状況が続いていました。

この状況を受けて、米国家運輸安全委員会(NTSB)と航空諮問機関RTCAが1990年代半ばに発表した報告書が、GPSなど新技術の活用を提言しました。これを受けてFAA(米連邦航空局)は、アラスカで「Capstone」と呼ばれる実証プログラムを立ち上げます。

Capstoneプロジェクトでアラスカの空に実装された

Capstoneプロジェクトは、1999年から2006年にかけてアラスカで行われた、ADS-B技術の実証プログラムです。

FAA、商用運航会社、アラスカパイロット協会、アラスカ大学、MITRE社などが連携し、まずはベセル周辺の208機の小型機にADS-B機器とGPS連動の地図表示を導入しました。

Capstoneを導入した地域では、対象機の事故率が約40%減少したと報告されています。この成果が、ADS-Bを「アラスカだけの実験」から「全米展開を検討すべき技術」へ押し上げる決め手になりました。

2010年、FAAが全米義務化のルールを発表する

2010年5月、FAAはADS-B Out装備を義務化する最終規則(14 CFR §91.225)を公表しました。

この規則は、従来トランスポンダの搭載が必要だった空域で、2020年1月1日以降ADS-B Out機器の搭載を義務付けるものです。2010年にFAAが公表した最終規則は、特定の航空機運航者がADS-B Out機器を搭載する必要がある空域を定め、2020年1月1日以降の運航で適用されるものでした。

対象となる一般航空機は14万機以上と見積もられ、業界全体で大規模な機材更新が必要になりました。義務化までに10年という長い準備期間が設けられたのも、この規模の機材更新には相応の時間が必要だったためです。

同時期にヨーロッパでも独自の義務化が進んだ

アメリカと並行して、ヨーロッパでもADS-Bを含む監視技術の義務化が進められました。

2011年11月、欧州委員会は実施規則(EU)No 1207/2011(通称SPI規則)を発行しました。この規則は、2020年6月7日から、最大離陸重量5,700kg超または最大巡航速度250ノット超の航空機に対し、欧州空域での運航にMode S ELS、Mode S EHS、ADS-Bの装備を義務付けるものでした。

アメリカが978MHz帯(UAT)と1090MHz帯の2方式を併用するのに対し、ヨーロッパをはじめ世界の多くの国では1090MHz帯の拡張スキッター(1090ES)方式に統一されています。国際線を運航する航空機にとっては、1090ES対応が事実上の世界標準です。

義務化目前のドタバタとCOVID-19による延期

2020年の義務化期限が近づくにつれ、両地域で土壇場の混乱がありました。

ヨーロッパでは、新型コロナウイルスの感染拡大という想定外の事態により、欧州委員会規則(EU)2020/587が発行され、義務化期限が2020年6月7日から半年延長されて12月7日になりました。

一方アメリカでは、2020年1月2日に義務化が正式に開始されました。2020年1月2日、FAAが長年議論してきたADS-B Out義務化が施行されました。未装備のまま該当空域を飛行する必要がある運航者向けに、事前許可を得るための仕組み(ADAPT)も用意されました。

義務化から数年、ADS-Bは「当たり前の技術」になった

義務化から約5年が経過した2024年時点で、ADS-BはすでにNAS(米国家空域システム)の標準的な監視手段として定着しています。

FAA安全広報誌の記事では、義務化は終わりではなく「ADS-Bの恩恵を実感する段階の始まり」だったと振り返られています。当初は機材更新コストへの反発も大きかった技術が、今では航空管制の効率化や安全性向上に欠かせない基盤技術として扱われています。

技術仕様面でも進化が続いています。初期のADS-B実装で使われたRTCA DO-260規格は、位置情報の精度指標などに課題があったため、その後DO-260Bへ更新されました。さらに近年は、Iridium衛星群を利用した「衛星ベースADS-B」(Aireon社のサービスなど)も登場し、地上局のないオーシャン上空でも航空機を追跡できるようになっています。

義務化された技術が、いま個人の趣味として開放されている

ここまで見てきたADS-Bは、もともと航空管制・安全のための技術として発展してきました。

しかし面白いのは、この同じ信号を、個人が自宅のSDR(ソフトウェア無線)受信機とアンテナで受信できる点です。私自身もRaspberry Pi 5と屋外アンテナでADS-B信号を受信し、Flightradar24やFlightAwareなどへフィードしています。

航空安全のために30年かけて整備されてきた技術が、今では1090MHz帯の電波さえ拾えれば誰でも空の動きを覗ける状態になっている。これがADS-Bフィードという趣味の面白さだと感じています。具体的な始め方は別記事の「自宅で航空機を受信するADS-Bフィードを始めてみた」で詳しく紹介しています。

まとめ

ADS-Bは、1990年代アラスカの事故対策から生まれ、Capstoneプロジェクトでの実証を経て、2010年代に米欧で義務化された技術です。COVID-19による延期を挟みつつ2020年に本格運用が始まり、現在は衛星ベースADS-Bなど新技術への発展も続いています。航空管制のための技術が、今では個人の趣味としても楽しめる時代になりました。

FAQ

ADS-Bはいつ生まれた技術ですか?

ADS-Bの実証は1999年からアラスカのCapstoneプロジェクトで始まりました。構想自体は1990年代半ばのNTSB・RTCAの報告書がきっかけです。

ADS-Bの義務化はいつからですか?

アメリカは2020年1月1日(FAA規則)、ヨーロッパは当初2020年6月7日でしたが、COVID-19の影響で同年12月7日まで延長されました。

なぜアラスカで最初に導入されたのですか?

アラスカは山岳地帯が多くレーダー網の整備が難しい一方、1990年代の航空事故率が非常に高かったためです。GPSベースの監視技術が有効な解決策として注目されました。

Capstoneプロジェクトの効果はどれくらいでしたか?

Capstoneを導入した地域では、対象機の事故率が約40%減少したと報告されています。この成果が全米展開の根拠になりました。

1090MHzと978MHzの違いは何ですか?

1090MHz帯(1090ES)は国際標準として広く使われる方式です。978MHz帯(UAT)はアメリカ国内のみで使える方式で、主に18,000フィート未満を飛ぶ小型機向けです。

ADS-Bは今後どう進化していきますか?

すでに衛星を使った「衛星ベースADS-B」が登場し、地上局のない海上でも航空機を追跡できるようになっています。今後はADS-B In(受信側)の義務化も検討されています。

個人でもADS-Bの歴史に関わる信号を受信できますか?

はい。航空管制目的で整備された1090MHz帯の信号は、SDR受信機とアンテナがあれば個人でも受信できます。Raspberry PiとADSB.imを使った始め方は当サイトの別記事で紹介しています。


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