TBSアナウンサーの安住紳一郎さんが2005年4月からパーソナリティを務める毎週日曜日10時から放送のTBSラジオ番組『安住紳一郎の日曜天国』(以下「にち10」)。残念ながらTBSラジオの電波が届かない地域に住んでいるため、普段はポッドキャストで楽しんでいます。F2層(35歳~49歳 女性)の私が愛してやまない「にち10」のエピソードを紹介していくシリーズです。
今回は、安住さんの学生時代のアルバイトエピソードから「ナタデココ回」をご紹介します。
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リスナーのメッセージから安住さんの思い出散歩始まる「ナタデココ回」

このエピソードは、2022年3月13日に放送されたメッセージテーマ「手作りの思い出」から、あるリスナーからのお便り「祖母が作ってくれた筍の木の芽和え」がスタートでした。メッセージの中で、祖母が山椒の葉を掌で叩いて香りを立たせてから料理に添えていたことが紹介されると、そこから安住さんの学生時代のアルバイトの話へと移ります。
この葉を掌で叩いて香りを立たせる裏技を、安住さんは学生時代にファミレスでデザートを作っていた時に習得したそうです。場所は、デニーズ西浦和店。当時、空前のナタデココブームで仕上げにミントの葉を掌で叩いで乗せていたそうで、安住さんはウェイターだったそうですが、デザート部門はウェイターが担当し、そこでの働きぶりから帝王的な存在となり「安住マニファクチュア」と言われていたそうです。
安住さんは、あのナタデココブームを陰で支えていた一人と自負し、この名言が生まれます。
「埼玉のナタデココブームの需要を支えていたのは私です!」
本当にたくさんのナタデココを作り、安住さんの作ったナタデココは美味しいと評判だったそうです。このナタデココエピソードについては、一切の謙遜はなく、はっきりと断言するくらいなので、相当な思い出があるんでしょうね。
このようにリスナーからのメッセージがきっかけで安住さんの思い出が語られるのを番組ではよく「思い出散歩」などと言われています。散歩が長すぎてなかなか帰ってこれないこともあるくらい、番組では名物となっています。ちなみに、今回の思い出散歩のきっかけとなった「祖母が作ってくれた筍の木の芽和え」エピソードは、読み上げの途中で思い出散歩が始まり、最後まで読み終わることなく次のメッセージに行こうとする「エピソード泥棒」にまで発展しました。でも、きちんと謝って最後まで紹介されていましたよ。
次週まで続いた「ナタデココ回」
このナタデココ回は、次週にまで続きました。なんと、リスナーから、当時高校生でデニーズ西浦和店のナタデココをよく食べ「ここのナタデココは他と違う。最高に美味しい!」と話していたことや、他にも取引先のスイーツ好きの社長さんが「この辺で一番おいしいナタデココ」としてデニーズ西浦和店でご馳走してくれたことなどが紹介されました。
これを受けて安住さんは「ほら、大げさじゃないって言ったでしょ?埼玉のナタデココの供給を支えていたのは私なの!」と再確認。更には、社会人になってからイトーヨーカ堂の創業者でセブン-イレブンとデニーズを日本で設立した伊藤雅俊さんにお会いした時に学生時代のバイトの話をし、伊藤さんから「そうですか、安住さんがやってたんですね。」と言ってもらったことが安住さんの中ではデニーズの公式見解となり、「当時のナタデココブームを支えていたのは私だ!」という揺るぎない事実と認定されたのでした。