テレビ東京で放送されたフェイクドキュメンタリーシリーズ番組「TXQ FICTION」。
本シリーズは、数々のモキュメンタリー作品を手がけてきた大森時生氏と、YouTubeホラー界で人気を集める「ゾゾゾ」や「フェイクドキュメンタリーQ」に関わる皆口大地氏がプロデューサーを務めています。
「イシナガキクエを探しています」「飯沼一家に謝罪します」に引き続き、2025年7月に第3弾として放送されたのが、「魔法少女山田」。
とある男性がラジオ番組で聴いた「唄うと死ぬ歌」という都市伝説の謎を追っていきます。
今回はそんな「魔法少女山田」第3話目のレビュー・考察を綴っていこうと思います。
▼本編はこちら。
都市伝説の裏側
前回レビューした第2話では、「唄うと死ぬ歌」の元ネタとなった、三田愛子監督の自主制作映画「魔法少女おじさん」に焦点があたりました。
「魔法少女おじさん」は、自らを「魔法少女」と称して、子どもたちにネット配信で勉強を教える活動を行う、元小学校教諭の山田正一郎さんに密着したドキュメンタリー映画です。
第3話では、冒頭から山田正一郎さんの追悼上映会の映像が流れます。
映画が制作されたあと、山田さんは結局小学校の先生にはなれませんでしたが、幼稚園の事務員として毎日楽しく過ごしていたそうです。
「魔法少女おじさん第2弾やろう!」と話すくらい生き生きしていたのに、心臓を悪くして亡くなってしまったとのこと。
浮かび上がる「28人の記憶」
上映会で流したボイスレコーダーの音源には子どもたちの声が入っていないのに対し、ラジオ番組で流れた音声には声が入っていました。
貝塚さんは、この子どもたちの声入りの音声は幼稚園で録音されたものではないかと推測します。
本作で最も震えるのは、ここ。貝塚さんが通っていた幼稚園との繋がりに気づく場面です。
同じクラスだった28人の園児たち。彼らが共有している“何か”。
催眠術によってそれを思い出しそうになった日下部萌花さんや、Web投稿サイトに同じ内容の小説を繰り返し投稿し続ける者。
「魔法少女が子どもたちの前で歌を歌って空を飛ぶ」という一見ファンタジックな光景が、かつて園児たちの脳裏に深く刻み込まれているという事実は、単なる都市伝説を超えた「集団的トラウマ」の可能性を示唆しています。

衝撃のラスト 20年前の映像が語る真実
動画の終盤、幼稚園内に設置された防犯カメラの映像が流れます。
そこには、魔法少女の格好をして教室に入る山田さんの姿が映っていました。山田さんは、「最後の授業」と称して、あの歌を合唱しようと促します。ピアノの旋律に合わせて一斉に歌い出す子どもたち。そして山田さんが選んだ結末…。
映像が途切れる瞬間の静寂と、そこに残された意味を理解したとき、視聴者はこの作品が単なる怖い話ではなく、一人の男の狂気と、それに巻き込まれた子どもたちの消えない傷跡を描いた「最悪の記録」であることを思い知らされます。

日常に潜む「呪い」の正体
「魔法少女山田」は、巧みな演出と緻密な構成によって、じわじわと追い詰められていく感覚がありました。特に、過去のアルバムやWebの投稿サイトといった「現実にありそうな要素」を絡める手法が、フェイクドキュメンタリーとしてのクオリティをさらに高めていると思います。
山田さんの“どこかズレた人”っぽさ、日下部さんの家を特定して凸したり、園長に暴力を振るう貝塚さんの狂気、そして、山田さんを“見世物”のように扱う三田監督の冷酷さ。いわゆる「人怖」的な要素を煮詰めた作品でした。
加えて、魔法少女恐怖症だけじゃなくて、集合体恐怖症や先端恐怖症など、我々が持っている恐怖症に対しても、「記憶もないほどの過去にそれに関連するトラウマ級の出来事があった」という可能性を植え付けてきて、良い意味で後味の悪い作品だなと思いました。