テレビ東京で放送されたフェイクドキュメンタリーシリーズ番組「TXQ FICTION」。
本シリーズは、数々のモキュメンタリー作品を手がけてきた大森時生氏と、YouTubeホラー界で人気を集める「ゾゾゾ」や「フェイクドキュメンタリーQ」に関わる皆口大地氏がプロデューサーを務めています。
インパクトのあるタイトルとビジュアル、そして衝撃のラストを迎えた前作の「魔法少女山田」に引き続き、2025年12月に第4弾として放送されたのが、「UFO山」。
1999年に北海道の朝日山で起きた不可解な登山家遭難事件の真相を、テレビ東京のディレクターが追うモキュメンタリーとなっています。
今回は、最終話となる第4話をレビュー・考察していきます。
遺品に残された「最期の映像」と募る違和感
動画冒頭、登山家・蜂谷さんの息子である吉岡空さんから、番組スタッフに届いた一本の動画が流れます。それは、蜂谷さんが吹雪の朝日山で命を落とす直前に残したとされる「最期の記録」でした。
画面の中で、「ここです!ここで待ってます!」と狂気じみた様子で叫び、カメラに向かって懇願し続ける蜂谷さんの姿は、圧倒的な異様さを放っています。
しかし、映像をよく見ると、手ブレやアングルの変化から誰かがカメラを持って撮影しているような違和感があります。
遭難した時、彼は本当に一人だったのか?
新たな疑惑を胸に、番組ディレクターは空さん自宅へと向かいます。

“すり替えられた肉体”という、歪んだ愛の防衛
空さんの自宅で行われたインタビューは、本作の中でもかなりのオカルト的な緊張感に満ちたシーンです。空さんは、幼い頃に警察の霊安室で見た父親の遺体の記憶を語ります。そこに置かれていたのは、顔面が激しく損傷し、凍傷で真っ黒に縮んだ、自分の知っている父親のものより「明らかに小さな手」をした遺体だったそうです。
「あれは父親じゃない。本物の父親はUFOに誘拐されて彼らの世界へ行き、あの遺体は不完全な身代わり(コピー)として置かれたんだ」
真顔でそう主張する空さん。
さらに、インタビューの最中、空さんは静かにこう言い放ちます。
「じゃあ例えば僕が宇宙人と入れ替わっていても、栄田さんにはわかりませんよね。証明できますか?」
この瞬間の、ゾクッとするような空気の凍りつき方が見事でした…。
しかし、この狂気じみた「入れ替わり理論」の裏には、幼い子どもの心が崩壊を防ぐために作り出した、悲しい防衛本能が隠されていました。
オカルトの奥に隠されていた、寂しいクリスマスの約束
番組の終盤、蜂谷さんの命日に空さんから届いた一通のメールによって、物語の風景はガラッと変化します。そこに綴られていたのは、蜂谷さんがUFOに執着し始めるきっかけとなった、あるクリスマスの夜の記憶でした。
当事9歳だった空さんが、何気なく口にした「UFOが見たい」という言葉。
ちょうどその頃、両親の仲は冷え切り、家の中では激しい口論が絶えませんでした。その後、すぐに両親は離婚してしまいますが、父親である蜂谷さんにとって、UFOを探すということは、「バラバラになりかけている家族をもう一度繋ぎとめるための唯一の希望」だったのです。
ラストに流れる、生前の蜂谷さんと幼い空さんのホームビデオ。曇り空を見上げながら、「パパがUFOを撮ってくるよ」「楽しみ!」と無邪気に笑い合う親子の姿。
吹雪の極限状態の中、蜂谷さんが叫んでいた「ここで待ってます!」という言葉は、宇宙人に向けられたものではなく、「いつかUFOを撮って、もう一度息子を喜ばせたい、家族を取り戻したい」という、不器用な父親の切実な願いだったのかもしれません。

人間は何かを信じないと生きていけない
空さんはメールの中で、こう締めくくります。
「人間は何かを信じないと生きていけません。僕にとっては、父は死んだのではなく、あの山でUFOに遭遇して今もどこかで生きていると考えたほうが自然に思えるのです。」
これこそが、この「UFO山」シリーズ全体が提示した、最も本質的なテーマではないでしょうか。第3話で登場した若者たちの薬物乱用という悲しい現実も、この最終話で語られる家族の崩壊も、現実はあまりにも残酷で、素手で受け止めるには重すぎます。
だからこそ、人間はUFOやオカルトという非現実的なフィルターを通して、現実の苦しみから目を背け、心のバランスを保とうとするんですかね…。
空さんにとってのUFOは、大好きな父親が「死んでしまった」という過酷な現実を受け入れないための、そして父親との絆を永遠のロマンとして心に残すための、優しくて悲しい「スクリーンメモリー(遮蔽記憶)」でした。

最後に
これまでレビュー・考察してきた「UFO山」は、ただのフェイクドキュメンタリー作品ではありません。オカルトという入り口から入り、“現代社会の歪み”や“人間の孤独”を扱いながら、最終的には「人間の深いまなざしと愛」に着地する、まるで一本のドラマを見ているような充実感あるフェイクドキュメンタリーでした。
まだ観ていない方は、ぜひ第1話から全貌を見届けてみてください!