“モキュメンタリーホラー(ドキュメンタリー風に制作されたホラー作品)”動画を公開しているYouTubeチャンネル「フェイクドキュメンタリーQ」。ホラー好きな筆者が、このチャンネルのおすすめ回をご紹介していきます。
MOTHER
今回ご紹介するのは「MOTHER」。
行方不明になった母親の影を追い続ける男性に密着した映像になっています。
▼本編はこちら
主人公は 池澤文雄さん。
幼い頃に突然姿を消した母親のことを、20年以上もの間ずっと追い続けています。
ある日、文雄さんの元に 宛名も差出人も不明の荷物が届くようになります。
中身は特別なものではなく、日常の物や古い写真のような不思議な品々です。
最初は単なるイタズラだと思われた荷物ですが、そこに映された映像や写真をきっかけに、文雄さんは「これが母親の手がかりではないか」と考え始めます。
荷物は「母親」からだったのか?
物語の発端となる、差出人不明の荷物。
文雄さんは次第に「これは母からのメッセージではないか」と考えるようになりますが、作中でそれを裏付ける明確な証拠は一切提示されません。
- 母親の筆跡だと断定できるものはない
- 映像や写真も“母親らしき人物”に過ぎない
- 第三者の証言も存在しない
にもかかわらず、文雄さんは「母だ」と信じる。
この時点で、すでに視聴者は重要な選択を迫られています。
「彼の言葉を信じるのか」
それとも
「客観的に疑うのか」
『MOTHER』は、答えを用意しないまま視聴者に判断を委ねる構造になっています。

記録は“真実”か、それとも“歪んだ証拠”か
フェイクドキュメンタリーQの特徴でもある「記録映像」という体裁。
本作でも、映像はあくまで「残されたもの」「送られてきたもの」として扱われます。
ここで怖いのは、
記録=事実だと無意識に思い込んでしまう点です。
しかしよく考えると、
- 誰が撮影したのか分からない
- どのタイミングの映像なのか不明
- 編集・取捨選択が行われている可能性
つまり、この映像自体が “すでに何者かの意図を含んだもの” である可能性が高い。
それでも私たちは「映像がある=本当っぽい」と感じてしまう。
このメディアへの信頼そのものを逆手に取った作りが、非常に現代的で恐ろしく感じました。
文雄さんは「被害者」か、それとも…
文雄さんは一貫して「母親を探す息子」として描かれます。
しかし物語が進むにつれ、次の疑問が浮かびます。
本当に彼は“追っている側”なのか?
荷物が届くたびに表情は変わり、映像を見返すたびに解釈は深まり、次第に「母を探すこと」そのものが彼の生きがいになっていく。
もし母親が本当に亡くなっていたとしたら?
もし最初から存在しない手がかりだったとしたら?
それでも彼は、“探し続ける自分”をやめられない。
この点で文雄さんは、被害者であると同時に、「自ら物語に囚われていく存在」とも言えます。

母親は“実在”よりも“象徴”なのではないか
個人的に一番しっくりきた解釈は、
母親という存在が「実在の人物」ではなく「象徴」なのではないか、という考えです。
- 喪失から立ち直れなかった心
- 過去に置き去りにされた時間
- 誰かに必要とされたいという感情
それらが「母親」という形をとって現れている。
荷物も映像も、「母がいる証拠」ではなく“そう信じることで自分を保つための装置”だったのかもしれません。
なぜここまで後味が悪いのか
『MOTHER』を観終わったあとに残るのは、明確な恐怖よりも 気持ちの悪さ です。
- 真相が明かされない
- 救いが提示されない
- 観る側の解釈に委ねられる
それはつまり、この物語が「他人事ではない」からではないでしょうか。
誰しも、
「信じたいものを信じている」
「都合のいい解釈を選んでいる」
そんな瞬間があるはずです。
『MOTHER』の怖さは、幽霊や怪異ではなく、人間の“信じる力”そのものにあります。
総評:静かで残酷な心理ホラー
『MOTHER』は、
✔ ホラーが苦手な人ほど刺さる
✔ 考察好きにはたまらない
✔ 観たあとに誰かと語りたくなる
そんなタイプの作品です。
フェイクドキュメンタリーQの中でも、じわじわと評価が上がっていく一本だと思います。
「怖がりたい」よりも「考えさせられたい」人に、ぜひおすすめしたい作品でした。